[CML 000733] 転載 TJブオノモと交流して全交に参加しよう 7月21日から全国スピーキングツアー開始 と今日の番組

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2009年 7月 21日 (火) 18:49:16 JST


重複すみません

転送・転載歓迎


京都の菊池です。


別件を一つ
スポーツ新聞のテレビ欄より

今日7/21火曜19時〜
ABCテレビ(テレビ朝日系)

学べるニュースショー
池上彰の知って得するニュースのギモンSP

超大国アメリカの謎

いいなり日本

と出ていました。


いったいどこまで踏み込んで検証するでしょうか。




転送・転載歓迎

IVAW(反戦イラク帰還兵士の会)のTJブオノモさんが来日し、
いよいよ今日7月21日火曜から、全国スピーキングツアーが始まります。
ぜひご都合のつく会場へご参加ください。ぜひ多くの人に伝えてください。
今日は大阪で記者会見もあるとのこと、報道ご注目ください。

案内を転載します。




***転送大歓迎***

(7/21〜8/2)「反戦イラク帰還兵士の会(IVAW)」TJ.ブオノモさん全国ツアー

◆◆◆イラク戦争を告発し、米軍を除隊させられ、再びイラクの地で占領終結を誓った、元アメリカ軍兵士。T.Jブオノモ初来日!◆◆◆

IVAW「戦争に反対するイラク帰還兵の会」は、2004年イラク戦争に従軍した元兵士によって設立されました。自らの戦場での体験を証言し、アメリカの「貧困による徴兵システム」の実態を暴き、人間性の破壊を止めようと活動をしています。今年3月には、イラクにT.Jブオノモとアーロンヒューズの2名の代表を送りました。「占領を終わらせる責任をとる」と発言した2人を、1人の労働者が壇上に上がって抱きしめ、会場からは「イラク人とアメリカ人を隔てる壁が取り払われた」と声がかかりました。こうした行動がイラクとアメリカの民衆をつなぐ運動へと発展しています。

◆日時:会場
関西
 7月21日(火)西宮市勤労会館 午後7時〜
 7月22日(水)エルおおさか南館ホール 午後6時半〜
 7月25日(土)ふれ愛バンジー(東成区役所1階)午後3時〜
 7月26日(日)京都アスニー 午後2時〜 
広島
 7月27日(月)広島市民交流プラザ 午後6時半〜


秋田
 7月23日(木)秋田大学手形キャンパス 午後3時〜


関東
 7月29日(火)青山学院大学青山キャンパス 仝畍紕鎧〜  午後6時半〜
 7月30日(水)川崎市総合自治会館 午後6時半〜


横浜:7月31日(金)〜8月2日(日)開催
第39回平和と民主主義をめざす全国交歓会(全交)が横浜市で開催されます。
今年のテーマは「未来をつくるのは私たち!大量首切りNO!戦争と貧困のない社会をつくろう!」です。どなたでも参加できます。ぜひ、横浜に足をお運び下さい。
ブオノモ氏がシンポジウム・分科会など参加します。 

http://www.zenko-peace.com/


◆参加費  一般 1000円  学生・失業者・障がい者:500円
    (会場ごとに異なることがあるので詳しくはお問い合わせください)

◆主催 平和と民主主義をめざす全国交歓会  http://www.zenko-peace.com/
◆お問い合わせ   info at zenko-peace.com  TEL 090・8536・3170(山川)




森さん
のよびかけを転載します。


【転送歓迎】
TJブオノモと交流して全交に参加しよう!
(全交・森)

IVAW(反戦イラク帰還兵士の会)のTJブオノモさんが来日しました。


7月21日からの全国スピーキングツアーと8月1、2日の全交(平和と民主主義を
めざす全国交歓会)に参加して、ぜひ深く交流しましょう。

ブオノモさんから少しだけ話をうかがいました。

ブオノモさんは現在25歳です。彼が米軍に入隊したきっかけは、「9・11」でした。
2001年9月11日にニューヨークで起こったテロ事件を見て、当時の多くの米国民と同じように、「自分たちの国が攻撃されている、米国を守らなければならない。」と思ったのです。

ブオノモさんは軍事学校で学んで情報将校(陸軍少尉)として職業軍人の道を歩んでいました。
政治学と中東学、そしてアラビア語も学びました。
モロッコに数ヶ月間留学したこともあります。

ところが、ブオノモさんがイラク占領の実態の情報を調べれば調べるほど、
ブッシュ政権のイラク占領の説明が欺瞞に満ちたものであることが分かりました。

アメリカ軍はイラクのアブグレイブで罪のないイラク人を拷問していました。
人々の生活を破壊し、市民を殺し続けました。
ブッシュ政権が説明していた大量破壊兵器はイラクになかったし、イラク政府はアルカイダとの関係も持っていませんでした。

こうしたことに気がついて、ブオノモさんは現役将校でありながら
ブッシュ政権を批判し始めたのです。
それがIVAWの活動を始めたきっかけです。


次に、ブオノモさんのアルビル大会の報告を資料として貼り付けます。
あわせてお読み下さい。

抵抗と贖罪(しょくざい)の行動
T.J.ブオノモ 元アメリカ陸軍情報将校

2007年10月5日、私はバックミラーの中でアリゾナ州のフォート・フアチュカ基地が遠くに消えていく最後の姿を見ていた。私は、自分の命令系統が私の処遇を決めるのを待って過去5ヶ月間を過ごしていた。すなわち私は、ブッシュ政権の対イラク政策に反対であるという声を道義的に上げざるを得ないと感じている新米の軍情報将校だったのである。
ついに返事が来た。再建への努力を支えるために陸軍に残りたいという希望を表明していたにもかかわらず、私は自分の書類に正式に「受け入れがたい行動」をしたと記載された物のために、心ならずも除隊させられたのである。
私はあえてイラクを侵略し占領する政治の支配者たちの動機に疑問を投げかけて、その結果、軍の一員としてもはや信用されなくなったのである。

2009年3月13日のイラクのアルビルにおける第1回国際労働者大会についてT.J.ブオノモが語る

私が陸軍を除隊になるまでの時間は、疑いもなく私の人生でもっとも暗い時期でした。
私がかつて深く信じた任務のための、精神的に厳しい、感情と肉体の準備を5年間した後、愛他主義と国家防衛という政府の良くできた外観の裏には権力と支配への隠された野望が横たわっているのだということを、結局私は認めざるを得ませんでした。
魂を殴りつけられたように、情報操作をしたり、イラクのジャーナリストの買収したり、反乱勢力の容疑者を拷問したり、イラクの石油の支配権を獲得しようとしたりしたために、
私はアメリカの政治指導者たちが国民を連れて行った方向を極度に恐れました。
私が遠い彼方から目にとめた死や破壊を合理化することができた、より高い実用的な目的に対する私の信頼は、徐々に崩れていき、私の上司の政治将校たちの意図を考えると、どんな有意義な方法を使っても、イラク人を私が助けることができるのだろうか、という疑問に直面したのです。
自分の除隊に至る数ヶ月の間、そして陸軍を去ってからの何ヶ月間にもわたって、私はこの疑問と格闘しました。
私のたどり着いた結論は―そしてその結果起こるこれは無益な物だという気持ちは―今日に至るまで私を深く失望させ心を痛めさせました。

 人生とは、私の経験では、不条理に満ちています。しかし、時に人生は人間の力と可能性に対する信頼を取り戻す道を持っています。
最近、私はそれ以前の1年半に覚悟をしてきたものとは大変異なる立場でイラクに行く機会がありました。
戦争に反対するアメリカ労働者の会の提案によって、私ともう一人の退役陸軍兵士であるアーロン・ヒューズが第一回イラク労働者大会に参加するようにイラクの労働組合の指導者のグループから招待されたのです。
この大会は、イラク全土から組合活動家を結集し、2003年3月のイラク侵略以来頭上を旋回してきた企業利益に反対する国際防衛戦線を結成しました。

 退役陸軍兵士として、イラクに入国した際、何が起こるかは予測できませんでした。私は占領に参加はしませんでしたが、アメリカ市民として米国政府の行為に深い責任をなお感じていました。
その数週間前に、アーロンと私は大会で発言するように求められていて、占領下で殺された誰かをおそらく知っている人が多い200人のイラク人の前に立つということのとてつもない重みを感じたことを思い起こします。
自分が徹底的に破壊した国の国民に何を言うというのでしょうか?この疑問に答えようと、大会までの一週間、私は幾晩も眠れぬ夜をすごしたが、大会の壇上に上がったときに何を言うのかは思いつきませんでした。

 その次の瞬間は何年間も押さえつけていたすべての感情が突然表面に現れたために、目がかすんでしまいました。私はアメリカの政治家と宗教指導者たちに対する怒りを表明しました。
前者は故意に、後者は不用意にも、米国内でアラブ・ムスリム世界について無知を続けてきたのです。
私は自分のことを話しました。私が陸軍将校としてどのようにブッシュ政権の行為を糾弾し、自らの行為によって心ならずも退役させられたかを話したのです。
「イラクに対して私たちがやったことについて謝罪し、私たちが皆さんの家族にしたことについてして謝罪します。」と私は参加者に言いました。
涙が両目をいっぱいにし、アメリカが引き起こした破壊のために、売春をしてわが子を養わざるを得ないイラクの母親たちのことを思い浮かべた時、私は話を止めざるを得ませんでした。

参加したイラク人たちは立ち上がって、私を現実に引き戻してくれた。そして、驚いたことに、拍手がわきあがったのです。イラク人たちの表情は、私の発言は彼らの愛する人たちを戻すことはできないにもかかわらず、彼らが孤立して闘っているのではないということを知らせることができたのだ、と私に語っていた。
そして私は自分の言葉を持って、「イラク人と一緒に闘い続ける。」と言いました。

 アメリカ占領軍の下で大変な被害にあってきたイラク人のために、イラクで崇高な決意を持って戦ってきたアメリカ人のために、アメリカ国民の歴史と未来のために、そして私自身の道義心のために、私は異議ありの声を上げたのです。
イラクの荒廃は、貧弱な政策決定だけでなく、最高位の政治当局者の側のひねくれた意図の結果であるということを強調してきました。
特に、イラクの主権をイラクの石油の支配権を握るという目的に従属させることによって、ブッシュ政権はその明確な任務を達成すること、すなわち信頼という最も必要なものをアメリカ軍に享受させなかったのです。

歴史が示しているのは、帝国の策略により熟達したものたちにとっては、巨大な占領軍は政治的/経済的獲得物の支配を維持するためには不要なのです。
20世紀の前半、イギリスは軍隊の大多数を撤退させたあとも長年にわたってイラクの政府と経済に対して顕著な影響力を維持できたのは、法律的、政治的、経済的メカニズムを利用したからでした。(イラク人のこの屈辱の記憶はアメリカ占領軍に対するさまざまな抵抗闘争をある程度説明しています。)
米国自身の独立闘争の伝統を踏まえて、アメリカ人としてのわれわれの任務は、政府と米国内と海外の両方で政府に影響力を持つ企業エリートたちの権力と行為の監査役を務めることです。
われわれはメディアのフィルターの裏をかき、イラクやほかの諸国の市民と直接関係を持つことがもっともそれを効果的に行うことができます。
国境を越えて何の処罰も受けないで搾取をするグローバル・エリートの手に権力がますます大きく集中しているがゆえに、このような行動の方向性は利他主義的であるかイデオロギーの強制であるとして退けられることはもはやできません。
その反対に、それは普遍的な人権の保護のために必要なことだと認識されなければならないのです。




菊池
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