[CML 002485] 試論「坂上の雲」とNHK

まっぺん mappen at red-mole.net
2009年 12月 26日 (土) 15:01:48 JST


【転載・転送自由】まっぺんです。

私はかなり昔になりますが、『坂の上の雲』を2度ほど読んだことがあります。これ
は非常に面白く、わくわくしながら読んだ記憶があります。幕末から明治の日本の様
子を描写する司馬遼太郎の作品は数多くありますが、それらはどれも面白く人気があ
るため、現代の日本人の歴史観に少なからず影響力を及ぼさずにはいられません。そ
の影響力があるからこそ、危惧されることがあるわけです。今回NHKでこの『坂の
上の雲』を放映するにあたって危惧された問題点は2点ほどあるだろうと思います。

●小説はフィクションである

第一に、司馬遼太郎は作品を書くにあたって膨大な資料を集め、かなり正確な情報を
作品に盛り込むのですが、それでもこれは史実を題材にとった「フィクション」であ
るということです。司馬作品は史実をかなり多用しながら、その中に巧妙にフィクショ
ンを織り交ぜることによって、読者の興味を引き出す事に成功しています。しかし、
それがそのまま「史実である」と信じてしまう事を警戒しなければなりません。これ
はあくまでも「小説」なのです。

●三段階の司馬史観

第二に、司馬の歴史観にあります。いわゆる司馬史観は非常に明快です。まず西南戦
争までを「国内戦争」期、それ以後は対外戦争へと向かい、日清・日露戦争までを
「防衛戦争」期、そしてそれ以後とりわけ昭和に入ってからを「侵略戦争」期という
ように三段階に区分するわけです。司馬自身、戦車部隊の経験から、昭和の軍部独裁
への激しい批判があり、当時の日本を「きつねに酒を飲ませて馬に乗せたような」と
表現し、またこの時期に関する歴史小説を一切書かなかったのは、彼なりのケジメの
付け方だったのでしょう。

●防衛戦争だったのか

しかし、その司馬史観には重大な欠点があるわけです。なるほど、例えばロシアにつ
いて言えば、当時のロマノフ王朝が支配するロシアは侵略主義むき出しで、その目は
東に向いていました。当時世界最大の陸軍国であったロシアをまだ近代国家として生
まれたばかりの日本が恐怖したであろうことは想像に難くありません。司馬は、もし
日露戦争に負けていたら、今ごろ我々はロシア語で会話していたかもしれないとまで
言っています。

●司馬が見落としている点

この司馬史観の欠点とは、「強大な他者に立ち向かうために自らも弱者を踏みにじっ
た史実」が欠落しているということです。日清戦争の引き金となったのは、朝鮮の宗
主権をめぐる対立であったし、その後も朝鮮半島、中国大陸は日露戦争の舞台となり、
戦争終結後は着々と日本の支配が及んでいきます。昭和の侵略主義時代は明治期に始
まっていたのであり、それは明治国家の成立内容においてすでに準備されていたとい
う、複合的・永続的歴史観が、司馬においては極めて稀薄であった、という点です。

●NHKはどう描いたか

こうした司馬が見落としていた点について、NHKではどのように表現するのか。日
本が明治の始めから侵略国家であった点についてきちんと書くのかどうか。これが私
の関心事であったわけです。そこでテレビを見ていて気づいた点について書きたいと
思います。読んだのが大分昔だったので記憶が正確ではないかも知れませんが、概し
て小説では総合的、客観的書き方が多用されていたように思います。例えば海戦場面
では艦隊の配置図、作戦、艦砲の射撃方法の改革、砲弾の炸薬にいたるまで描写して
いたように思うのですが、NHKでは、むしろ人物の内面描写に重点を置いているよ
うに思います。

●第四回目で気づいたこと

まず江華島出兵だったと思いますが、日本軍の出兵が閣議で決定されたのに対して、
その決定をはるかに上回る大軍を出兵した軍部の独走に伊藤博文が怒り、軍部と言い
争う場面がテレビでは出てきます。また正岡子規が従軍記者に選ばれて喜んで母親に
報告すると、母は「日本は親しかった国と戦争するのだねえ」と、掛け軸の漢文や、
その横の絵皿に描かれている中国の童の絵を指摘し、子規の妹も日本語が漢字で出来
ていることを指摘する場面がありました。こんなシーン、小説ではあったのかな? 
どうも読んだという記憶がないのです。ご存知の方ご教示ください。

●侵略主義むき出しの軍の態度

次に正岡子規が従軍記者として占領軍に同行して中国の街に入るシーン。人々は敵意
の目で日本軍を迎えます。小さなこどもが中国語で「お父さんは日本軍に殺された!
ぼくもいつか日本軍とたたかう」と言い、老人がそれをかばう。中国語が分からない
子規が軍の指揮官に尋ねると、彼はこどもが日本軍を称えているとウソを言うわけで
す。それが明らかにウソであるとわかる子規がなおも食い下がるのに対してこの軍人
はきわめて居丈高で横暴な態度をとる。そういうシーンがあったのですが、これも小
説では読んだ憶えがないのです。

●NHKが配慮したのか?

私の記憶違いかも知れないのですが、そうではないとしたらこれはNHKのある種の
「配慮」なのかな? おそらく司馬史観満載の小説をそのまま忠実にドラマにして放
映すれば、国内だけでなく、中国を始めアジア諸国の興味を引かないでは済まないで
しょう。NHKとしては「配慮」せざるを得なかったのではないか、と思うわけです。
今回気づいた点は、特に対朝鮮に関して言えば極めて不充分な描写ですが、今後はど
んな展開をしていくのか、注視し続けたいと思います。


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