[CML 014760] 蜷川幸雄氏インタビュー 朝日新聞(1)

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2012年 2月 4日 (土) 10:50:35 JST


松元保昭さんから 以前投稿されていた
蜷川幸雄氏宛の公開書簡に関連し
朝日が本日の朝刊に 以下の蜷川幸雄氏インタビューを掲載していました
*新聞社が 著作権を主張しますので、そのまま転載はNGでしょう。
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蜷川幸雄さんに聞く中東 3・11 そして演劇

■通じ合えぬ他者と感覚を研ぎすまし 内なる対話追求 

演出家の蜷川幸雄さんが今年末、イスラエルでギリシャ悲劇「トロイアの女たち」を公演する。戦争で愛する者を失った女たちの酷薄な運命を叙情的に描いた作品で、ユダヤ、アラブ、日本の役者がそれぞれの言語で演じる。「他者との共存の実験」という蜷川さんに、演劇や文化が政治に与える可能性について、テルアビブで聞いた。 

――国内外で相変わらず精力的に活動していますね。 

「休むと途端に年相応のじじいになる、と分かった。マグロのように回遊魚になって仕事をし続けた方がいいみたいです。それに、こんな馬鹿な世の中になってしまって、僕は何のために何十年も芝居をやってきたのか。まだ死ねないですよ。何にも進歩していないし、何も成就できていない。ひとり勝手にいらだっている」 

――怒りですね。パレスチナの占領を続けるイスラエルで今回なぜ、公演しようと思ったのですか。 

「イスラエルは中東和平問題で、パレスチナの国家承認、国連加盟も含めて、20世紀の課題を21世紀に引きずっている。そして、ますます危機的な状況があらわになっている。だからこそ、演出家として何らかの形でコミットしなければならないと考えた。中東和平は簡単に解決できる問題ではないが、『他者をどうやって容認できるのか』という命題に引き戻すところから始めざるを得ない」 

――三つの民族、言語で演じることの意味は? 

「演劇は、人間同士がコミュニケーションしなければ成り立たない。異質の言語が飛び交う中で、必死に相手の言うことを聞こうとする。鋭敏な感覚で、言葉の裏側にある内的な言語に到達することが求められる。それが我々が日常怠っている根源的なものを求める力になっていく。そのことが唯一の希望です。いい俳優は言語を超えていくんです」 

――演目に「トロイアの女たち」を選んだのはなぜですか。 

「どうせやるなら、最大の不幸と小さな幸せ、という激しい対立軸のある作品をしたいと思った。それを普遍的な問題として語ろう、現代史のまっただ中に飛び込んでしまおうと。イスラエルの状況とつながる部分は当然出てくるだろう」 

――ユダヤ人指揮者、ダニエル・バレンボイムは、対立するイスラエルとアラブ諸国の若者たちがともに演奏する楽団をつくり、パレスチナでも演奏しています。 

「バレンボイムとパレスチナ人の思想家エドワード・サイードが書いた『音楽と社会』は衝撃的でした。バレンボイムの演奏を聴き、サイードの本もいろいろ読んだ。音楽の人たちはきちっとやっている。今回のプロジェクトは、あの本にずいぶん後押しされた。僕は、パレスチナ自治区ガザで芝居ができなかった時から、そのわだかまりをずっと引きずってきましたから」 

――1996年に「王女メディア」を公演しようとして、イスラエル当局が治安上の理由で認めなかった時のことですね。 

「泊まったホテルには銃を持ったパレスチナ兵がいた。国連の照明を借りて、女学校の庭でやると決めていた。しかし、できなかった。それでイスラエルでの公演もやめた。でもバレンボイムには、サイードとの対話のなかで(当局との)困難な交渉などを乗り越えていく方法があった。思想の力を含めて具体的な方法として成立させる力が我々にはまだ足りないと痛感した」 

――東京での事前ワークショップでは、文化摩擦も起きたとか。 

「初日にいきなりでした。アラブ系イスラエル人の役者が『私たちの文化に対する紹介が少ない』とユダヤ人役者とやりあった。僕の目の前で正面衝突ですよ。始まって10分くらい。あっけにとられるくらい早かった」 

「イスラエルの演劇は、基本的に正統的リアリズムの影響を受けている。アラブ系の方が自由で意思表示が強烈だね。正統的なギリシャ悲劇の体系を壊した演技をする。そういう人は頑固で自己主張が強いから、集団を作っていくのは大変です。他人を批判するし、自分の主張を通そうとする。でも、その程度のことは覚悟してやり遂げたい」 

――では、なぜパレスチナ人でなく、イスラエル国籍のアラブ人の役者を起用するのですか。 

「今回の計画を練り始めた時より、中東和平の条件はどんどん悪くなっている。もっと、広く役者を集めたかったけれども間に合わなかった。なかなかうまく運ばなかったのが現実です。かつて見たエルサレムの美しさは夢のようだった。当時の方がはるかに牧歌的だったね」 


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