[CML 001294] 「坂の上の雲」(司馬遼太郎)ドラマ放映を弾劾する

kokubo mzs at jb3.so-net.ne.jp
2009年 9月 10日 (木) 16:53:34 JST


こんにちわ、小久保です。

 下記の要領で、NHKのスペシャルドラマ・「坂の上の雲」(司馬遼太郎原作)が放映されます。
韓国併合100周年の、2010年を挟んで3年に亘って、「少年の国・明治」、「明治の栄光」なるものが、人気俳優をふんだんに使ってキャンペーンされます。
「官僚たちの夏」など、8・15以降の、戦後の経済大国化を賛美してきたNHKが、ここにきて、「明治栄光論」デマゴキーをキャンペーンし、司馬遼太郎の歴史認識の根底にある、排外主義的朝鮮観、朝鮮蔑視・敵視と抗日民族闘争憎悪を、煽り立てることは、怒りに堪えません。
 
 私は、中塚明氏の最新著書・「司馬遼太郎の歴史観 その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う」(高文研)を好著として推薦します。
司馬遼太郎を含む、知識人の多くが陥っている、「日本が朝鮮でしたこと」および、天皇問題の、マインドコントロールとでもいうべき徹底的な無視、思考停止は、その誤った「朝鮮観」に裏打ちされています。

 この、司馬の朝鮮観=「韓国自身の意志と力で自らの運命をきりひらく能力はほとんど無かった。(朝鮮は李朝500年の停滞、官も民も無能で、救いようのない後進性・停滞性、の中にあり、自ら変革する能力はない、の意味)」は、幕末・明治の権力者が、全力を注いで育成・強化してきた支配階級の朝鮮観と同一です。この本質は、帝国主義的、天皇制的排外主義への思想的屈服にあるでしょう。

 そして、そこから、「朝鮮と比べて日本は優秀なんだ、優秀な日本が、劣った朝鮮を支配するのは当たり前、朝鮮支配からアジアに君臨するのが、日本の栄光ある道」という誤った「日本観」につながって、血塗られた侵略の歴史を、栄光の歴史と賛美する、「明治栄光論」に到るのだと思います。

 例えば、加藤周一が、朝日新聞夕刊で連載したエッセイ(=「夕陽妄語」)のなかで、「南京 さかのぼって 旅順」のタイトルで、「「旅順虐殺」をうやむやにしたので、43年後に南京虐殺を引き起こした。」と考察しています。「旅順虐殺」があまり知られてなかった時期に、これを取り上げたのは素晴らしいことでした。
 
 しかし、彼が、このエッセイのための参考文献としてあげている書物、宇野俊一さんの『日本の歴史26 日清・日露』では、「日清戦争は、日本軍が朝鮮から清国軍を排除するための戦争であっただけではなく、外国勢力の侵略に反対する朝鮮民衆にたいして徹底的な血の弾圧を加えたことに大きな特徴があったといえよう。」と書いてあるのに、加藤周一は、その「大きな特徴」を、少しも取り上げることはなかった。

 その根拠は、やはり、日本の権力者が一貫して育成してきた、誤った朝鮮観と、それによる思考の呪縛を、8・15にもかかわらず脱しきれなかったこと、に求めるしかない。
そのような、加藤であればこそ、その晩年にも、松蔭、さらには伊藤博文まで賞賛する講演(かもがわブックレット『吉田松陰と現代』)をしてしまったのでしょう。

 中塚さんによれば、司馬遼太郎は、晩年、韓国の盧泰愚大統領との対談で、「朝鮮観」の転換を表明したようです。少し、引用します。
「私なども、李氏朝鮮が日本の悪しき侵略に遭う(1910)まで、朝鮮と言えば朱子学の一枚岩で、そこには開花思想や実学などはなかったと思っていた。いまは、たれもそう思っていない。この功の多くは、ときに少年のような表情をする姜在彦(カン・ジェオン)教授に負っている。・・・」(姜さんは司馬に依頼されて同席し、通訳の役をした。)
司馬が生きていれば、「明治栄光論」は引っ込めたでしょうか? そして、NHKの、「坂の上の雲」ドラマ化に反対したでしょうか?
 
 ネルーが喝破(「父が子に語る世界史」)していたように、明治以来の「日本の興隆」は、「朝鮮の滅亡」として進行しました。
「明治の栄光」などといいますが、その栄光(興隆)が、他民族、他地域を侵略し、その民衆の大虐殺、その生き血であがなわれた、血塗られたものであるという歴史の真実に向かいあえば、多くの人に、人としての、たじろぎが生まれます。

 それをこえて、日本の民衆を、悪逆非道の悪鬼・鬼子に転落させていくため、権力者は、ニセの「朝鮮観」を必死に育成強化し、植え付けてきました。そして抵抗する人は徹底的に弾圧され、やがて民衆も、知識人も、大きくこれに飲み込まれ、呪縛されてきました。国家も、民衆も、8・15まで、とめどなく、頽廃を深めていきました。
 そして、8・15以後も、侵略思想のコアの部分は生き続け、小説「坂の上の雲」が大ブームになってきたという現実があります。「明治の栄光」をおぞましいとは思わない感性の持ち主、誤った「朝鮮観」の呪縛を受けている人がいかに多いかを示しているでしょう。

私たちは、明治の栄光の本当の姿、抗日義兵闘争に立ち上がった朝鮮民衆を、大軍を投入して、「南韓暴徒大討伐」作戦で珍島に追い詰め血の海に沈めたからことから始まる果てしない侵略戦争であった、という真実を見据えることからはじめなければいけないと思います。

 閉塞感のただよう今、だれもがこれから抜け出すためにもがいています。「坂の上・・・」のホームページでは、放映前だというのに、「私はこの小説を読んで、改めて日本人としての誇りを持つことが出来ました。昨今の日本は国際社会に対しあまりにも弱すぎると思います。このドラマで日本が元気になり、強い日本を取り戻せることを願います。(若い世代に見てもらいたいと思います。勿論、私の子供にも見せたいと思います。)」などの絶賛が、もう30も書き込まれています。

「坂の上の雲」放映に対抗し、誤った「朝鮮観」の再強化と全力で闘い、誤った朝鮮観を打ち破って行きましょう。


【第1部放送予定】 2009年11月29日〜12月27日 
毎週日曜 <総合>午後8:00〜9:30 第2部:2010年秋、第3部:2011年秋放送予定。 全13回(各回90分)
【原作】司馬遼太郎「坂の上の雲」
【脚本】野沢 尚・柴田岳志(第1部演出)・佐藤幹夫(第2部演出)

すでに、前宣伝が放映され、番組専用ホームページも立ち上げられています。
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/schedule/index.html   
それによれば、その制作・放映の意図するところは、次のようです。
「坂の上の雲」は、司馬遼太郎が10年の歳月をかけ、明治という時代に立ち向かった同じ四国・松山出身の秋山真之・好古兄弟と正岡子規たちの青春群像を渾身(こんしん)の力で書き上げた壮大な物語です。発行部数は2,000万部を超え、多くの日本人の心を動かした司馬遼太郎の代表作でもあります。
国民的文学ともいえるこの作品の映像化がNHKに許されたのを機に、近代国家の第一歩を記した明治という時代のエネルギーと苦悩をこれまでにないスケールのドラマとして描き、現代の日本人に勇気と示唆を与える作品になることを願っています。

21世紀を迎えた今、世界はグローバル化の波に洗われながら国家や民族のあり方をめぐって混迷を深めています。その中で日本は、社会構造の変化や価値観の分裂に直面し進むべき道が見えない状況が続いているのではないでしょうか。
「坂の上の雲」は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った「少年の国・明治」の物語です。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。



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