[AML 18603] Re: カリフォルニア州法を解釈するために
maeda at zokei.ac.jp
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2008年 3月 13日 (木) 18:09:40 JST
前田 朗です。
3月13日
東本さん
わかりやすい例から始めます。
> 前田さん。あなたは弁護士の羽柴駿さん(国際法律家委員会に加盟している社
団法> 人自由人権協会の会員)をご存知だと思いますが、その羽柴さんがご自身
のホーム> ページに「三浦和義氏の逮捕と一事不再理の原則」(2008年2月26日
付)
> http://homepage2.nifty.com/law-hashiba/newpage1.htm
> という文章を書かれています。羽柴さんは、その中の「一事不再理原則は国境
を越え> ないか」の項で次のように書かれています。
>
> 「しかし、このような外国判決があっても再度同じ罪について国内法で裁くこ
とが許さ> れるという考え方に対し、私は違和感を覚えます。(略)一事不再理
の原則が国境を> 越える日がいつか必ず来るでしょう。その時、今回の逮捕は『
かつてはこんな野蛮な> 捜査が許されていたんだ』と語り草にされることでしょ
う」。
>
> 私は上記の羽柴弁護士の考え方に強く共感します。
>
(1)とんでもない無責任発言です
「一事不再理の原則が国境を越える日がいつか必ず来るでしょう」とは、何事で
しょうか。「かつてはこんな野蛮な捜査が許されていたんだ」とは、何事でしょ
うか。めちゃくちゃです。
羽柴弁護士が言っていることは、要するに、「私は違和感を覚えるが、今はこん
な捜査が許されている。だから三浦さん諦めなさい。いつか原則が国境を越える
日が来るでしょう」ということでしかありません。不勉強で無責任な放言です。
第1に、「いつか必ず来るでしょう」というのなら、いつ、どのようにしてその
日が来るのか。その日を実現するために自分は何をするのかを明らかにするのが
責任ある態度です。そうでなければ、「いつか、30世紀にはくるでしょう」と
いうだけの、ばかばかしい与太話でしかありません。
日本政府は毎年、国連総会に核兵器廃絶決議を出して、賛成多数で採択されてい
ます。その中味をご存知ですか? いつ廃絶するのか、いかに廃絶するのか、一
切書いていません。極論すれば、「もしかしたら1万年後には廃絶されるといい
ね」というレベルの決議です。「2010年までに廃絶しよう」とか、「203
0年までに順次段階的に廃絶しよう」という具体的な決議案には棄権してきたの
ですよ、日本政府は。無責任だと思いませんか?
第2に、本人が諦めているのならまだしも、三浦さんは闘っているのですよ。現
に逮捕されて、不当逮捕だとアピールして、闘う姿勢を貫いているのです。諦め
てなんかいないでしょう。その三浦さんの件で、「いつか必ず来る日が」はない
でしょう。「けしからん、しかし今は仕方がない」という敗北主義のススメでし
かありません。羽柴弁護士は、後ろから足を引っ張っているだけです。
第3に、何の根拠もなく「許されてい」ると断定しています。「許されていたん
だ」という言葉は、明らかに、「今は許されている」という羽柴弁護士の価値判
断です。なぜ許されているのですか。逮捕に違和感を感じるのなら、その違和感
を法理論的に整理して、人権擁護のために法理論を駆使するのが、やるべきこと
です。羽柴弁護士にはその姿勢が微塵も見られません。
「私は人権を重要視する」「人権尊重のために闘う」などという自己弁明には何
の意味もありません。人権擁護を一番熱心に唱えているのは、ジョージ・ウオー
カーという犯罪者ですよ。わ・か・り・ま・す・か? ジョージ・ウオーカー・
ブッシュJr米大統領。
人権を尊重するために、いかにして法理論を組み立てるのか。そうでなければ、
何もしない方がよほどましです。羽柴弁護士は、肝心要のことをサボタージュし
て、「いつの日か」などとノーテンキに。しかも「語り草」ですよ。悪ふざけが
すぎると思いませんか?
東本さん
現実に起きている事件について、次の2つの姿勢でものをいうことは、サイテー
だと思いませんか?
第1。適用するべき法原則をわざわざ取り違えたり、意味内容を間違えて途方も
ない主張を並べ立てて、本来の論点を見えなくさせること。
第2。外野から無責任な論評を垂れ流して、敗北主義を蔓延させること。
ヤメ蚊、羽柴と続きましたので、ついでにお知らせしておきます。日本の弁護士
の多数は国際法を勉強していません。まして国際人権法を勉強していません。一
部の熱心な弁護士は非常によく勉強して、優れた成果を挙げていますが、大半の
弁護士はまだ勉強していません。だから、ヤメ蚊=羽柴流に、国際人権規約の条
文だけ適当に引用してそれで何か言ったつもりになっていられるのです。引用さ
れた文章を一目見れば、「ほとんどわかっていない」と言えます。
わかっていないことは黙っていればいいのです。ところが、「弁護士です」と世
間に顔向けするために、意味もなく、意味も分からず国際人権法など持ち出す連
中もいます。こんなのにかかったら、助かるものも助かりません。何しろ当たる
も八卦当たらぬも八卦のおみくじ弁護士ですから、弁護過誤が服を着て歩いてい
るようなものです。私がよく使ってきた言葉で言えば「資格だけあって資質のな
い弁護士」です。実際、掃いて捨てるほどたくさんいます。
物凄く勉強している尊敬すべき弁護士もたくさんいますが、それはまた別の話。
(2)刑事法研究者はかつて何をしたか
三浦さんの裁判について、刑事法研究者がかつて何をしたかを少しだけ説明して
おきます。
東京地裁係属中および一審判決後に、一部の刑事法研究者は、「本件にはおよそ
証拠がなく、検察官は何一つ証明していないから無罪以外ありえない」という趣
旨のアピールをしています。特に一審判決に対しては、事実認定のひどさだけで
はなく、法律論が異常でしたから、厳しく批判しています。その中心的存在は、
たとえば村井敏邦さん(当時一ツ橋、現在龍谷大学教授)です。日本刑法学会の
中でいえば、少数にとどまりましたが、それでも数十人の研究者が名を連ねまし
た。私もその末端に名を連ねています。また、刑法学会の研究企画としても、犯
罪報道と刑事司法というテーマで、取り上げています。大阪市立大学で開催され
た刑法学会には弘中弁護士をお招きして共同研究を行なっています。当時は信頼
する弁護士でしたから。と、ここは過去形ですが(笑)。そうした集団的研究か
ら、若手研究者が生まれてきました。たとえば渕野貴生さん(立命館大学教授)
が自分の研究テーマに犯罪報道と刑事司法を選んだのはそうした時期です。また
、現代人文社から、三浦さんの裁判に関するブックレットも出しています。
刑事法研究者は、「怒っているぞ」とか「許さない」などと力を込めて唱えませ
ん。個人的には唱えた人もいるかもしれませんが。もちろん唱えるのも結構です
が、刑事法研究者がするべきことは、一審判決のどこが、なぜおかしいのかを、
憲法原則、刑法理論、刑事訴訟法理論の世界で徹底解剖し、明らかにすることで
した。
(3)私は鉛筆削りを一つ提示しました
この間、私がしたのは次の2つです。
第1に、議論を混乱させ、本当の論点を見えなくさせる無責任な嘘を駆除するこ
と。−−「二重の危険の禁止は国内原則です」は、何の根拠もなく国際人権法や
国際刑事裁判所規程を並べ立てて議論を誤導する弁護士が目立ったので、これら
を批判したものです。三浦さんを擁護しているつもりでしょうが、実際には足を
引っ張っているだけです。ヤメ蚊、羽柴と次々と涌いて出てきたので、まだまだ
いるのだろうと思いますが。おみくじ弁護士の一覧表ができそうです。
第2に、本筋の議論として、正しく鉛筆を削るために、カリフォルニア州法の解
釈のための手順を示しました。「カリフォルニア州法を解釈するために」は、州
法の立法理由や運用を解明し、州法の具体的な解釈の中で、「私の正義感」とし
ての二重の危険の禁止のバランス感覚を、どのようにして位置づけるかを明らか
にしました。無関係の国際刑法などを持ち出すのではなく、現実に適用されてい
る法律解釈における利益考量に二重の危険の禁止を持ち込めば、「国際人権法は
後からついてくる」のです。
何度も繰り返します。国際法をデタラメに並べ、好き勝手に解釈しても何も解決
しません。正しい解決を求めるためには、使える法解釈を構築しなければならな
いのです。対等な人間関係でのお話し合いではありません。相手は外国の権力で
あり、現に身柄拘束されているのです。ヤメ蚊レベルの明らかに間違った、箸に
も棒にも掛からない主張など絶対通用しません。そんなことしか主張できないの
かと、笑われておしまいです。議論を整理し、争点を明確にし、闘いの土俵を正
しく設定しなければならないのです。「国内原則です」と「解釈するために」は
セットで、正しい土俵を設定しようとしたものです。
もう1つ重要なことは「悔し紛れの精神論」は通用しないということです。裁判
報告会や市民集会などで、講師の弁護士や学者が「これは**条の精神に反する
」と解説して、「**条の精神に反する。絶対許さないぞ〜〜」などとみんなが
叫んでいることがあります。これははっきり言って、ごまかしです。とても簡単
な話です。
A **条に反する
B **条の精神に反する、**主義の趣旨に反する、原則の理念を没却する
「**条に反する」と断定できない時に、法律家は市民の前で「**条の精神に
反する」と話します。ところが、これを聞いた市民は「**条に反する」と勘違
いするのです。実際には、「**条の精神に反する」など通用しません(たまに
通用してびっくりすることもありますが)。「**条に反する」と主張できない
と、最初から勝ち目はないのです。勝てないとわかっていて「悔し紛れの精神論
」を唱えるのは、もともと理屈の通じない日本の裁判所相手なら、仕方のないこ
とですが(私も時に唱えるのですが)、三浦さんの件で「悔し紛れの精神論」を
唱えるのは、百害あって一利なし、です。
なぜなら、ここがもっとも重要ですが、本件はちゃんとやれば勝てる戦い、なの
です。二重の危険の禁止の意味と射程を正しく理解し、カリフォルニア州法を徹
底解剖し、空中戦ではなく、個別具体的な法解釈の論理を構築すれば、サイパン
やロスでは、勝てる見込みがあるのです。私の鉛筆削りはそのための一方策を示
したものです。これが、ろくでなしの東京地裁なら、勝てないのですよ、残念な
がら。
サイパンやロスで本当に勝つためには、もう一つ、二つの鉛筆削りが必要となる
かもしれません。もう書きませんが、もう一つの候補は、判例変更を迫る徹底的
な理論闘争です。これはロスへ行ってからの総力戦になります。非常に労力がか
かり、勝てる保障があるわけではないのですが、いざとなればやらなければなら
ないでしょう。一部の報道によると、弁護団はこれを選ぶようです。この方が目
立つし、勝てば100年名前が残るので、やりたいのかも。これをやり切れる弁
護士なら、たいしたものです。それと、ロスへ行けば、東京と違って、保釈にな
るはずですから、闘いやすい面もありますし。
判例変更という点では、他のMLで萩尾健太さん(弁護士)が、判例の射程距離
をどう見るかを中心に、その可能性を追求できないのか、と問題提起していまし
た。結論は私とは逆ですが、問題のたて方は間違っていません。二重の危険につ
いても、実は「外国判決条項を取り入れて国際原則にしよう」という主張もあり
ます。オーストリアを代表する国際人権法学者のマンフレッド・ノヴァク(ちょ
うど私の「グランサコネ通信08−03」に登場します)は、以前、そうした論
文を書いています。現在は国内原則にとどまるが、将来、国際原則にするために
、国際文書、判例、諸論文を手がかりに、どうすれば国際原則にできるかを模索
しています。わけもわからずに「国際原則だ」などと叫ぶことしかできないおみ
くじ弁護士とはレベルがぜんぜん違います。もっとも、ノヴァクの提案に賛同す
る意見は出ていません。
ちなみに、20日に集会が予定されていて、新倉修さんが講演するようですが、
主催者は正解です。いま、首都圏には、この種の問題で正面から発言できる刑事
法研究者がごくごく限られています。なにしろ他は御用学者、擦り寄り学者、観
葉学者(いてもいなくてもいい観葉植物のような学者)だらけですから。緊急集
会に新倉さんを講師として捕まえることができたのは良かったです。新倉さんは
、上に書いた三浦さんの裁判に関する刑事法研究者のアピールにも積極的な役割
を果たしていたはずです。
問題は、果たして新倉さんが、今回、どのような鉛筆削りを示せるかです。
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