[AML 20439] 野田正彰20031116北海道新聞「人格無視された拉致被害者」
笠井一朗
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2008年 7月 11日 (金) 06:34:10 JST
北海道新聞20031116「今を読む」
野田正彰20031116人格無視された拉致被害者
北朝鮮から五人の拉致被害者が帰郷して一年がすぎる。北朝鮮を攻撃し国家主義を煽る風潮が起こるだろうと予測したが、これほどまで拉致被害者が利用されるとは思わなかった。石原憤太郎東京都知事による、経済制裁しろとか、国家のプライドはどうしたといった煽動が続いている。これらの発言は拉致被害者にことよせて、敵国を作りあげ、敵国を作ることによって強い国家を力説し、その強い国家の指導者として自分を目立たせようとするものである。しかし被害者に感情移入し、彼らの立場で考えれぱ、帰国当初から日本政府と日本社会は彼らの意思を無視してきたことが判明する。
帰郷して一年たった十月十四日、地村保志さん、富貴恵さん夫妻が、報道各社に長文の手記を寄せた。そこには極めて重要な心情の変化過程が記されている。夫妻は帰国直後、「まだ一時帰国という認識を強く持っていた」、「子供たちを残して永住帰国することが果たして親としての取るべき行動なのかと思い悩んだ」と述べている。
しかし、考えが変わる。というのも、「日本に留まることを最終的に決めたのは、結局日本政府が一時帰国者を帰さない。北朝鮮と毅然(きぜん)とした態度で臨むと言明した時点であった。それは家族や友人の思いより、日本国政府の決断と対応が今後の問題解決の決め手であると確信していたからだった」と説明している。つまり自分たちの意思よりも、あるいは「帰国を強要する説得を控え、冷静に私達の決断を見守ってくれた」家族の思いよりも、日本国政府が被害者本人たちの意思決定に先だって、帰さないと決定したからである、とはっきり経過を述べている。なお家族についても、自分たちの分からないところで、(北朝鮮へ行かない)努力をしていたと、あえて付記している。
結局、私たちに意思決定の自由はなかった、意思決定の時間を与えられていなかった、あるいは私たちの意思とは言えない、と述べているのである。ところが手記を受けとったいずれのマスコミも、この箇所を無視していた。
拉致被害者が帰国した直後、私は次のように述べた。一時帰国者は今後、拉致されるまでの人格Aと、北朝鮮で適応してきた人格Bをあわせて肯定しながら、新たな人格Cへ結合していかねぱならない。日本人が一方的に人格Bは無いものと決めつけ、人格Aと人格Cをひとつと見なすのは、他者の人格を認めないことになる。彼らを洗脳された者と呼んでいるが、「一時帰国者の精神状態はそんな簡単なものではない。拉致されたことへの怒り、絶望、恐怖を乗り越え、次第に北朝鮮社会に適応し、自分の役割をこなしてきた。理不尽な権力に従わざるを得なかった屈辱感、罪の意識、抑圧された怒り、そして長い歳月暮らしてきた北朝鮮社会への愛着が混じりあっている。人格Bは無いものと見なすのは、彼らの本当の精神的葛藤を知らないからである」(「背後にある思考」みすず書房)。
そう危惧したとおり、日本社会は被害者が人格A,B、そしてCを統合していく時間を認めなかった。拉致された夫妻の子どもは北朝鮮の文化を身につけて人格形成しており、文化的には北朝鮮の人である。だが、それすら無視している。相手のため、相手を思って言っていると主張し、相手の意思決定を待たない人間関係。拉致被害者にとって多くの人々の構えは、今なお私たちの社会が自分と他者の人格を曖昧にしていることを示している。被害者たちは二十数年前、北朝鮮で自分らしく生きられなかったと同じように、この日本で個人として自立して生きていくことが許されていない。菌糸のようにまとい付くうとましさの上に、日本政府の外交はある。
北朝鮮の金正日軍事独裁政権は、彼の国の人々の人権を抑圧してきた。同じく、被害者になりかわって北朝鮮を攻撃する日本の世論も、被害者の人格を尊重してきたとは言えない。(野田正彰…京都女子大教授)
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笠井一朗
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