[AML 18938] チベットの歴史
とほほ
tohoho at t-t-japan.com
2008年 4月 2日 (水) 12:07:19 JST
AMLの皆さん今日は とほほです。
以下は人民日報の記事である。
http://j.peopledaily.com.cn/2008/04/01/jp20080401_86157.html より。
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西蔵の歴史はこう主張する(1)苛酷な封建農奴制
西蔵(チベット)の拉薩(ラサ)で発生した極少数の不法分子による暴行・破壊・
略奪・放火に対して、偏見を持った海外のメディアと人々は、西蔵の人権状況を、
事実を顧みずに非難している。だが西蔵の歴史を振り返れば、ダライが統治して
いた封建農奴制時代の西蔵で、政治がいかに腐敗し、いかに遅れた生活が送られ
ていたかがわかる。
封建農奴制時代の西蔵では、人口の5%に満たない官僚・貴族・上層寺院が、
ほぼ全ての土地・草原・山林と大部分の家畜を所有し、人口の95%以上を占める
農奴や奴隷に対して非常に残酷な統治を行っていた。重い労役と厳しい税金のほ
か、目をつぶしたり手や足を切り落としたりする残酷な刑罰もあった。封建農奴
制時代の西蔵において「人権」とはすなわち官僚・貴族・上層の僧侶の人権であ
り、農奴の持ち主は農奴の賃貸・譲渡・担保化・贈呈をする圧倒的な権力を握っ
ていた。これら血まみれの歴史は、旧時の西蔵における封建農奴制社会の罪悪の
本質と劣悪な人権状況を告発し、封建農奴制のもとで多数の農奴が人権を完全に
剥奪され世界の最下層として生活していたことを証明している。(編集MA)
http://t-t-japan.com/blog2/2008/04/02/0401-0002.jpg
上記URL写真キャプション:両目をつぶされた農奴(左)。民主改革で、農奴主の
罪を告発した。農奴主は重い石の帽子を農奴にかぶせ、石でたたくことによって
目玉を飛び出させ、さらに刀で目玉をえぐったという。右上は刑罰用のむち、右
下は指を挟む刑罰道具。
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このことが事実であることは否めない、中国編入以前はチベットは宗教拷問国家
であったことは確かだろう。チベットの封建からの脱却はかなり遅れていたのだ。
中国共産党にしてみれば大地主を本土で倒し、チベットの封建貴族や僧侶たちを
追い出し、ひとつの封建からの脱却を成立させただけのことである。
ネトウヨは「中国共産党のチベット侵略だーキーキー」と言うのであれば「薩長
の大和侵略だー、キーキー」とはなぜ言わないのだろうか?
しかし、だからと言って思想弾圧や宗教弾圧は徹底批判されるべきであることに
は間違いがない。
実は亡命チベット政府の存在が、私には危険を感じさせるし、ダライ・ラマ14世
にしてもあまりの政治的な介入へは不快感さえ否めない。正直宗教指導者として
は失格である。
宗教指導者はあくまで宗教的な指導者であってしかるべきであり、自治を求める
とか独立を求めるとかそのどちらにしても民衆を宗教指導者が扇動すべきではな
い。ガンジーは宗教家ではあるが同時に政治指導者である、ガンジーは宗教指導
者としての権威はない。しかしダライ・ラマは宗教的指導者として歴然とした権
威なのである、この自覚が必要でこの自覚のない限り万が一チベットが独立した
ときには寺院が政治におおいに関与してくることは容易に予想される。
宗教指導者の役割はあくまで宗教的な指導に限られるべきだと考えている。
バチカンの法王がアイルランド紛争に政治的な介入をしていたら大変なことにな
っていただろう。
民主国家といわれる国でも教会の政治的影響力の大きい国はもちろん存在する。
フィリピンなどがそうだろう、かの無血革命はフィリピンの枢機卿のラジオ放送
の影響は否めない、がしかし、シン枢機卿は国民和解を説き、暴力を戒める方向
で発言を繰り返し、露骨な反政府活動は行わなかったのであって。マルコス政権
へ対しデモ武力弾圧弾圧への自重を求めたものである。
民衆への発砲命令を受け、フィリピン軍は銃を民衆に向けた、このときに民衆の
前に立ちたてとならんとしたのがカトリックのシスター達である、現地の軍指揮
官は修道女に発砲することが出来なくて無血革命は達成されたのだ。
宗教者のあり方とは本来こうしたものであり、僧侶が政治デモを行う等と言う事
態はダライ・ラマはいさめねばなるまい。
しかし、ダライ・ラマの発言には政治的なものが多く、政治活動と受け取られて
も仕方のないものがある。あるいは亡命チベット政府の大地主どもに利用されて
いるのかもしれないが、であればなおさら慎重であって欲しいと願う。
一方、中国政府の過剰な弾圧には目を覆わんばかりのものがある。これに対して
は大きな声で糾弾すべきであろう。
こうしてみると、これは宗教対立でも民族対立でもない、中国政府と亡命チベッ
ト政府の利権争いである。中国は圧倒的戦力を有している立場からも大いに自制
し、チベット民衆との対話をこそを第一に自治権の拡大も含め、民主的チベット
自治政府(正当な一般民主選挙による)の設立に向けて積極的に行動すべきであ
る。その際ダライ・ラマと亡命チベット政府は無視しても良い。ダライ・ラマや
亡命チベットが対話の相手とするから中国は間違えてしまうのである。
チベット地区に居住する民衆達を対話の相手としていかねばならない。ダライ・
ラマを担ごうとする連中や亡命チベットを担ごうとする連中の動きを監視し、彼
らは宗教や民族を利用し私利の為に煽っているだけであることを見抜いておかね
ばならない。
方法は色々あるのだから、、、。
新しい民主政府が誕生したとしたら西側や亡命チベットの元大地主たちは結託し
て「中国の傀儡政権」と批判するだろうから、国連から大規模な選挙監視団を受
け入れて、人権条項を条件に選挙を行えばよい。
その結果新政権がダライ・ラマの帰国を要求するのであれば、バチカンのような
形であくまで宗教の政治的関与がなされないように極狭い地域でのチベット自治
政府とは別の自治権を認めたうえで(もちろん人権条項と非武装はあたりまえ)
チベット仏教のバチカンを作っても良いと思う。
どうも亡命チベット政府をそのままの形で帰国を望むチベット庶民はいないよう
に思う
あくまで宗教指導者は宗教指導者として存在しなくてはならない、そうしたら仏
教僧がデモをして民衆を煽ると言うこともなくなるだろうが、仏教の考え方って
政教分離の考え方にはなじまないのだろうか。聖職者の団体にデモの資格がない
とは言わない、しかしそうした聖職者は聖職者の資格を放棄したと言わざるを得
ない。
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