[AML 15330] 8.15にあたって

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2007年 8月 15日 (水) 01:53:58 JST


靖国神社に抗議する8.15行動

靖国神社ほど醜悪な施設はない。それは靖国神社が、死人に口なしとばかりに、
公的な死を賛美し強制する仕組みだからだ。

死や死者と向き合うことは、個々の人間にとってまったく不条理で秘密で私的な
経験である。靖国神社は、そのような経験を死者を「英霊」としてまつりあげ、
それにお手軽な意味を与えることで公共の行為へと変質させる。人が抱えるおそ
れや癒しがたい渇きや慟哭を、国家暴力の生産/再生産のために簒奪するのである。

そのとき、公的な死と死者の賛美は、生きる者に公務に連なる生と死を迫り命ず
るものとなる。靖国神社とそれを奉賛する「靖国派」の連中に、少しでも責任を
解する意思があるならば、このことの歴史的な責任を痛感しなければならないは
ずだ。靖国の主要な機能である褒賞は、褒められるべき生と貶され疎まれるべき
生とを峻別することで、国家や社会への貢献を生きることの条件にした。「役に
立つかどうか」、人の生を他人が評価し、生存の条件を吟味するという破廉恥な
思考をこの社会にまき散らし蔓延させているのである。

また、靖国を奉賛してやまない日本遺族会は、戦争政策の国家責任を追及して動
員による被害を政府に賠償させることをせず、あろうことか軍人恩給の復活を求
めた。人の生存を権利として求めるのではなく、国家の恩恵にとどめたのであ
る。このことによって、一般的社会保障制度の確立はその道を閉ざされ、生存は
日本国籍の有無、軍人と民間人、戦闘命令への従順さの程度、軍歴と階級の程度
によって分断されることになった。日本遺族会は47年憲法の生存権保障を空洞化
させた責任を取らなければならない。

それだけではない。人殺しを命じたこと、民族的抹殺を企てたこと、強かんに参
加し許容したこと、人類史上稀に見る人体実験を実行したこと、これらを不問に
付す引き換えに、飢死を、救助無く密林に置き去りにすることを、天皇の身代わ
りに処刑されることを、これらの一切を問わぬことを靖国は要求する。誰が命
じ、誰がそれを割り切ったのかを問わずに、ひとかたまりの死を賛美しようと靖
国は主張する。

私たちはこの醜悪さに耐えることができない。その悪徳をまき散らす追悼の空間
と時間を許すことができない。8月15日の靖国神社には、追悼を自らの政治
的、経済的な欲望のために利用しようとする政治家、右翼団体や利権遺族が押し
かけてくる。私たちは自由な個人として、靖国とすべての利用主義者に抗議する。
靖国神社をなくそう!


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