[AML 1489] Re: 憲法・教育基本法を、具体的な場で守ろう
hagitani ryo
gitani at sa.netlaputa.com
2005年 5月 11日 (水) 11:39:38 JST
2005/05/08 17:14、Takaki Kawaguchiさん:「[AML 1448] Re: 憲法・教育基本法を、
具体的な場で守ろう」にご返事をさしあげます
川口さん、hagitaniです。超かめレスですが。
川口さんの直感的に感じておられることに、賛成します。
常識のある人なら、あなたのご意見には同感するはずだと思います。
憲法にも、憲法の歴史があります。この歴史性を抜きにすると、護憲ということの
、ほんとうの重みは実感できません。
私はつい最近まで、護憲という言葉を使うのがイヤでした。ワンパターン、硬直、
という感じが拭えません。天皇条項なんかがあるのに、なんで、そのまま守らなけれ
ばならないのだ、とも思います。
しかし、改憲を唱える連中の意図(それは、彼らがしてきたことに明らかです)と
、彼らが不当にもこの日本社会のなかで達成してきた成果から考えるなら、これはも
う、断じて改憲などさせてはいけないのですから、どうしても、護憲と言わざるを得
ないのです。
憲法を語るとき、9条を中心に考えるのは、改憲派が戦争を目指しているからにほ
かなりませんから、当然です。
ただ、同時に、ほかの条項と、国民の権利の問題ももっと語られたらいいと思いま
す。
なぜなら、支配層は、憲法ができたとたんから、国民は権利を持ちすぎたから社会
が乱れる、と、のべつまくなしに言い続けて来たからです。
言い換えると、日本を支配する財界人、政界人は、最初から、反憲法志向だったと
いうことです。
自民党は、一貫して、改憲を党是とする党であり、それは1955年に自由党、民主党
の合同によって結成される以前からの根本方針です。そして、そのうえに立って、国
民の、そして在日外国人の権利を抑圧し、奪う政策を進めてきています。
支配層が憲法と教育基本法を攻撃するのは、まさにこの路線上にある、一貫したこ
とです。彼らは、一貫して憎んできた「戦後」を、今こそブチ壊すことができると喜
び、はしゃいでいるのです。日本経団連の奥田碩はその代表です。
今日私たちが、終戦直後よりもさまざまな権利を持っているとすれば、それは、国
連の思想にもとづく今の憲法を支えに、国民の間から自民党政権の誤りを正す闘争が
続けられてきたから、そしてそれに、さまざまな外圧が加わったから(日本が憲法を
守っているほうが、米国にも都合がよかったし、近隣諸国も安心していられた、とい
うことも含め)であって、自民党政権が自分から推進した結果ではありません。
彼らは、つねに、しぶしぶ国民の権利を認めてきたのであり、ときたま本音を洩ら
してしまう閣僚の首を切ったりして、体裁を取り繕ってきたのですが、小淵、森、小
泉内閣となってからは、昔なら即座に更迭されるような発言をした閣僚が平気で居す
わるようになりました。いうまでもなく、小選挙区制によって、野党が後退し、自公
政権と偽野党、第二保守の民主党がのさばっているからです。
「今は国民に権利がありすぎる」などと、戦後まもなくから言い続けてきた自民党
が自分から国民の権利を推進するわけがないのです。
国民と家人に(労働者、女性、子どもに)与える権利は少ないほどよい(論語ふう
に言えば、女子と小人と民は養いがたし、とでもなるか)、というのが、彼らの思想
であり、同時に、戦前を「古きよき時代」として懐かしむ彼らの基本的感情なのです
。
だから、彼らが推進した政策は、地価を上げ、教育費を上げ、労働者の抵抗権を奪
うことでした。先日のJR西日本福知山線の事故も、このような政策の行き着いたは
てに、必然的に起こったことで、年若い、勤務経験わずか11カ月の運転手の問題で
はないのです。
あれがJR東日本だったなら、労組の力がつよいから、最低限の安全を確保できる
体勢を維持し、未経験な運転手にはベテランの指導員をつけただろう、オーバーラン
直後の運転手に電話を入れるようなことはしなかっただろう(一刻も争うときに)と
言われています。
かつてJRが国鉄だった時代には、順法闘争というものもありました。乗客の安全
のために設けられている法の規定を守る闘争です。とうぜんのことすら守られない体
制が数十年も前から常態化し、そこでは、単に法を守ることが、抵抗の意思表示にな
ったということです。労働者として当然の権利であるスト権を1948年にすでに奪われ
ていた公共企業労働者の苦肉の策でした。一般市民も、ストが反社会的行為だという
政府財界の宣伝をうのみにしたのです。それというのも、持ち家ローンと子どもの学
費に追われる生活で、社会に目をむけ、海外のことを知る余裕がなかったからです。
福知山線の106人の死者は、国労つぶしの中曾根のせいで死んだのです。
日本人にとって経済的に最大の負担になっているのは、住宅費と教育費です。この
ことに反対の人はおそらくいないでしょう。
ところが、自民党政権は、持ち家政策などというもので私たちにローンの負担を負
わせながら、その住居費を高騰させました(労組も、インフレによってローン負担が
目減りすることを期待した。持ち家は、通勤時間を長くすることになったので、労組
の活動が阻害された)。
国連が教育を次第に無償化するという人権規約を策定したときも、その批准にあた
って、日本の国会は、こともあろうに「それに拘束されない権利を留保する」という
勝手な但し書きをつけて成立させたのです。
こうして、私たちは、GDP世界第二位の国にいながら、生活にゆとりを実感でき
ず、ローンの重荷に追われて、社会のできごとを深く考える余裕もないままに暮らし
ています。
レストランなどで世界一高い食事をしても、便利な道具やテクノロジーやたくさん
のカルチャーや娯楽に囲まれても、海外旅行に何度行っても、これでは、花はたくさ
ん咲くが根は腐っている樹木のようなものです。こんなことにごまかされているうち
に、日本は世界から見放され(虎の威を借る狐ですから)、気がつくとイスラム圏か
ら来たゲリラによるテロを受けているということになるのではないでしょうか。
このような政策を推進してきた党が、戦後60年間ねらってきたのが、改憲であり
、その本当の狙いが、彼らの一貫した復古主義と、グローバリゼーションの今日、財
界につごうのよいように国民の権利を制限することだということは、あまりにも明ら
かではないでしょうか。
今の憲法は、前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」と書いているよ
うに、基本的に、人間を信頼することが前提になっています。
しかし、日本の(日本ばかりではないが)支配層は、人間を信頼することは決して
ありません。
彼らの信念は、労働者、女、子どもに権利をやるなどとんでもない、あいつらを野
放しにすれば、ろくなことはしないに決まってるから、なるべくわずかな権利で満足
させて、経済的に利用すればいいのだ(経営学でいう利益マージン、マルクス経済学
で言う剰余価値)というものです。つまり「百姓は死なぬ程度に、生きぬ程度にすべ
し」という徳川家康の精神です。
同時に、それは外国への不信でもあります。
冷戦の時代に、ソ連から日本を守るということ重要であったにしても、それは、国
民の権利を(それも住居や教育や労働条件などで)抑圧する理由にはなりません。現
に、彼らは、経済の高度成長によって、国内に自分たちの市場だけは開拓・確保した
のであり、それが、環境、資源、あるいは子どもに、さまざまな悪影響を及ぼしたこ
とはまちがいありません。
おそらく、彼らはそれすらも、彼らが達成した日本経済繁栄という成果を利用
していい気になっている愚かな国民どもが勝手に起こしている混乱だとでも思ってい
るのではないでしょうか。
国民の義務を明記せよ、だの、憲法24条に手をつけて、「男女平等の行き過ぎ」
を「正そう」というのも、こうした彼らのイデオロギーから必然的に出てくることで
す。
このような連中が、憲法問題に対する国民の無関心、無知(マスコミの責任は大き
い)を利用して、改憲が、さも、なんらの疚しい意図もなく行われるものであるかの
ように、見せかけているのです。
考えてみれば、小選挙区制は、政権の移行を容易にするはずでしたが、実
際は、小泉内閣のような史上最悪の政権がもう4年も居すわっています。日の丸君が
代は強制しないという小淵内閣の談話は、国旗国歌法が制定されるや、すぐさま反古
になって、今のありさまです。消費税は福祉目的だとあれほど言われましたが、それ
なら健康保険や介護保険はどうなのでしょう。郵政「改革」は、僻地の人から郵便を
奪うものであり、郵貯資金を民間で活用することも、すでに実現しているのですから
、無用なのが明白なのに、恥知らずな小泉・竹中ラインが嘘をつき続け、マスコミも
それにきちんと切り込まない。政府の約束を信じてなならないことは、もう、いやと
いうほど明らかです。
支配層(日本経団連など)と自民党は、国民投票法で敷居を低くしておき、小選挙
区制で可能になった保守2党支配のもとで、今後、もっと本来の彼らの目差してきた
改悪を行なう意図であることは、疑いをいれませ
ん。それは、第9条だけではないでしょう。現に、共謀罪などというものまで、作ろ
うとしているのです。
だから、たとい第一条天皇条項が気に入らなくても、護憲と言うほかないのです。
しかるに、護憲はださい、などと言っているのは、今はまだ認められている国民の
権利というものを、まるで自然になんとなく存在するかのように思い込んでいる、文
字どおりの平和ぼけです。
プライバシー権、環境権、知る権利、などと抱き合わせになっていても、改憲の真
の目的は、まったく別であり、信用してはならないのです。国民投票法は、彼らがも
くろむ悪質な改憲をしやすくするため以外のなんでしょうか。それは、9条改憲だけ
ではないでしょう。
治安維持法も、普通選挙法と抱き合わせで議会に提出されたものでした。まさにア
メと鞭です。
論憲、創憲などと言っていわれていますが、そんな軽薄空疎なネーミング、キャッ
チフレーズの問題ではなく、これまでこの憲法をどれだけ活用してきたのだ、と問う
活憲のほうが、まちがいなく正しいでしょう。故に、護憲しかないのです。
私たちは、今、戦後という言葉の意味を再びよみがえらせる必要があると思います
。じつに多くの、大きな嘘がつき続けられてきたのです。
以上長くなり、恐縮です。
> hagitaniさんへ
>
> 川口です。
>
> > 週刊金曜日4月29日号(合併)「憲法特集」に品田正治元日本火災海上社長
> ・経
> > 済同友会副代表幹事の護憲論が載っていますから、ぜひ読んでみてください。
>
> 読んでみました。
> 品田氏は、最後のところで、「紛争と戦争ははっきり区別している。
> 紛争を戦争にしないのが政治だ。」と、
> 言ってましたが、紛争の定義がはっきりしないので
> 具体的なイメージがよくつかめませんでした。
> ただ、それ以外は妥当な内容だったと思います。
>
> 私は憲法改正はすべきではないと思います。
> 自民党の改憲案は復古的でとても受け入れられる内容では
> ないですけれども、特に、天皇の元首化や政教分離規定の
> 緩和などはすべきではないし、9条も今のままでよいかと思います。
> 国民にとって何のメリットがあるのか?
> さっぱりわかりません。
> 天皇が元首であったときにあれだけ酷い目にあったのに、
> 何を考えているのでしょう?
> 憲法改正でどのような影響があるかは、はっきりしませんが
> 社会の雰囲気が変わるかもしれません。
> 少なくとも弱者にとっては住みにくくなるでしょう。
> 多数に迎合したり現実に流されやすい日本人のメンタリティは
> 憲法の理念のそぐわない点はあります。
> ただ、それは日本人のメンタリティがおかしいのであって
> 憲法の理念がおかしいわけではないのだから、
> その防波堤のために憲法は維持すべきでしょう。
> 憲法改正は9条にとどまるものではないのですけれども、
> (表現の自由など)、目的がわかりません。
> ひょっとすると、具体的な目的などないのかもしれませんが。
> 私にとって憲法改正は自分で自分の墓穴を掘るようなものなので、
> 反対です。
>
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