[AML 1356] 韓国KBS番組「日本軍“慰安婦”」
half-moon
half-moon at muj.biglobe.ne.jp
2005年 5月 1日 (日) 21:24:30 JST
二、三か月前、ここの場において吉見義明先生への連絡方法でご協力いただいた
半月城です。
おかげで韓国KBS局は先生に取材でき、TV番組・人物現代史シリーズ「歴史
が記憶をするように」を制作しました。その番組は、日本ではスカパー331ch KNTVで
4月16日に放映されました。お礼をかねて、そのあらましを紹介します。
番組の副題は「日本軍“慰安婦”のハルモニたち」ですが、番組は「慰安婦」に
されたハルモニ(おばあさん)が暮らす「ナヌムの家」を今年1月24日、日本の市民
団体の女性たちが訪問するシーンから始まりました。
ビデオで紹介される「慰安婦」の映像に目頭をおさえながら食いいるように見て
いた女性たちも、「慰安婦」李玉仙さんの話は正視にたえないのか、うつむきかげん
でした。ハルモニはこう語りました。
「軍人が列をなしているんですね、たくさん来て・・・15才の少女に一日 50名を
受けいれろと・・・ここにお座りの方たちはおわかりでしょう。15才の少女に何がで
きましょうか・・・性根がなってないと、刀でこんなふうに斬りつける。斬りつけて
も屈服しなければ殺してしまう・・・」
李さんはこう語りながら、ひざの長い切り傷を皆に見せました。彼女の話はハン
カチなしにはとうてい聞けないようです。軍人に犯されつづけた彼女の恨(ハン)
は、60年たった今でも決して晴れることはないようです。
「少女を引っぱっていき病人にしておいて、今になって自分の足で行ったなどとウ
ソをついて、これがどれほど腹が立つのか、このハンをどう晴らすか・・・」
彼女たちがこう語れるようになったのも、わずか十年そこそこのことでした。そ
れまでそうした話は自分ひとりの秘密であり、恥ずかしくおぞましい「慰安婦」時代
の過去は家族にすら語れず、ほとんど完璧に沈黙してきました。
彼女たちが重い口をひらいたのは、日本の労働省の局長発言がきっかけでした。
「従軍慰安婦なるものにつきまして・・・やはり民間の業者がそうした方々を軍と
ともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした
実態について、わたしどもとして調査して結果を出すことは、率直に申しまして で
きかねると思っております」(1990.6,参院予算委)
そうした報道を韓国のテレビでみた金学順さんは、憤りのあまり涙がとまらな
かったとのことでした。
「そんな話がされるのを聞いて、まったく胸がふさがり、その場でひとしきり泣き
ました、ひとりで。・・・こんなことがあっていいのか、なぜ皆、過去をこうも知ら
ずにいるのか。生きている自分が証言できるのに。そんなこと(「慰安婦」)がな
かったと話すので、本当に涙がでて胸がいっぱいになり・・・それで(名乗り)始め
た」
「16才そこそこで強制的に引っぱられ、やられまいと泣きながら逃げ回るのを放し
てくれない、日本の奴らがつかまえて放してくれない。どうすることもできなくて、
泣きながらやられた。
日本政府は、こんなふうにしてやられた人を知らない、いない、いないとか・・
・胸がつかえて言葉がでない・・・死ぬ前に、目を閉じる前に一度ハンを晴らし、必
ずや言葉だけでもハンを晴らしたい」
50年の沈黙を破った金さんは、積もりつもった憤りを思いっきりぶちまけまし
た。この金さんの勇気ある証言は、たいへんな衝撃をもたらしました。
韓国では民間による「挺身隊申告電話」がもうけられるや、勇気づけられた「慰
安婦」がぞくぞくと名乗り出ました。文さんもそのひとりです。金さんの話を聞いて
涙がとまらず、ついに決心したとのことでした。
衝撃は日本にも伝わりました。日本政府は史実の隠蔽が常套手段なのか、ろくな
調査もせず、加藤紘一官房長官が「慰安婦」は民間業者がやったもので、政府は無関
係とする無責任な見解をだしました。
その一方で、日本にも良心的な学者はいるものです。中央大学の吉見義明教授は
こう語りました。
「(研究の)直接のきっかけは金ハクスンさんが名乗り出て、その訴えているとこ
ろを見て、調べてみようという気になったのです。実際に被害者が名乗りでたことに
対する衝撃は大きかったですね。
彼女は、事実関係を明らかにしたいということと、事実を日本の若者たちに知っ
てほしいということを訴えていましたので、事実関係を明らかにするのは歴史家の役
割かなと思って調査を始めたんです」
吉見氏は、日本軍の機密文書などを丹念に研究して「慰安婦」の成立時期や募集
方法、「慰安所」の運営体系などを明らかにしましたが、その一端をこう語りまし
た。
「実際に朝鮮半島で何が起きたかというと、最初は総督府が業者を選定して集めさ
せるわけですけれども、集めていく過程でもっともありうる形は人身売買ですね。業
者が親に前借金を与えて連れて行く。
もうひとつは、慰安所とはどういう所なのかをきちんと説明せずだまして連れて
行く、だましてというのは誘拐になるわけですけれども。またある場合には拉致とい
うことがあったと思います」
吉見氏の画期的な研究により、日本軍「慰安婦」の実におぞましい歴史が明るみ
にだされました。最初の「慰安所」は1932年ころ上海で設立され、おもに日本人「売
春婦」が集められました。
1937年、日本は中国侵略のボルテージをあげ、日中戦争に軍を大幅に増派しまし
たが、そのころから軍が本格的に「慰安所」をつくるようになり、それにあわせて朝
鮮半島で「慰安婦」が大々的に集められるようになりました(注1)。
朝鮮総督府の御用紙である毎日申報には「徴用とはちがう 行こう女子挺身隊」
「内鮮一体 挺身隊で技術と労力の交流」「出でよ半島女性たち」「白衣天使募集」
などと、美辞麗句で少女たちに体制奉仕をよびかける活字が踊りました。
日本軍が「慰安婦」を必要としたのには切羽詰まった事情がありました。まず、
日本軍による強姦が問題でした。これは何よりも中国人の反日感情を極度に刺激しま
した(注2)。
つぎに、兵士の性病も問題でした。性病のまん延で戦力が半減するというデータ
もあったようでした。そうした問題に加え、戦闘能力を維持するには兵士にいっとき
の解放感を与える慰安施設が不可欠という理解のもとに、日本軍により「慰安所」が
作られ管理されました。
そうした実態を明らかにし、日本政府の誤認を覚醒させたのが吉見氏でした。吉
見氏は日本軍歩兵第九旅団の陣中日誌(1938)に書かれた文などを番組で具体的に示し
ました。そこにはこう書かれていました。
「強烈な反日意識を激化せしめる原因は 各所に於ける日本軍人の強姦事件が全般
に伝播し 実に予想外の深刻なる反日感情を醸成せるに在りと謂う・・・速に性的慰
安の設備を整え・・・」
日本軍は、兵士の強姦などにより対日感情が悪化するのを防ぐために、積極的に
「慰安所」を設置した事実が明白になりました。これは単に第九旅団にかぎられたこ
とではなく、北支那方面軍参謀長による指示「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の
件 通牒」にもとづく組織的なものでした(注3)。
これらの資料をもとに、吉見義明氏は日本軍の関与や責任をこう語りました。
「慰安所をつくる時には、たとえば建物は軍が提供するわけですね。内部を改造す
る場合も軍がやります。それから料金も軍が決定する。それからどの部隊が何曜日に
利用するのかも全部決めていく。
それから業者には、そこに入っている女性は名簿を含めて全部ださなければなら
ない、売り上げなんかもチェックするということをやっていたと思うんですね。
ですから仮に慰安所で問題が起こったとすれば、業者にももちろん責任はあると
思いますけれども、慰安所制度をつくり運営した主体は業者ではなく、軍ですから・
・・主要な責任は軍にあるということになると思いますね」
「慰安所」では軍により「慰安所規定」が作られ、利用料金や時間、各部隊の利用
日、避妊具の着用などがきっちり定められました。料金は「慰安所」経営者に払われ
たので、結果的に徐ハルモニたちはほとんどお金をもらえなかったようでした。
また、規定では避妊具の使用が義務付けられていても、避妊具「さくら」の使用
を嫌う軍人もおり、そのため妊娠した「慰安婦」もいたようでした。しかし、日本軍
の「慰安所」で出産は許されるはずがありません。子どもに最後まで固執した「慰安
婦」は銃殺されたと、文ハルモニは証言しました。
軍は性病にはことさら神経を使い「慰安婦」に週1回の検査を実施しました。性
病がみつかった「慰安婦」は休むことになりますが、これはかえって歓迎されたよう
です。
徐ハルモニは、台湾で性病が発見されることをいつも願っていたとのことでし
た。一日に何十人もの軍人を相手にするくらいなら、病気で休んだほうがマシなこと
はいうまでもありません。
余談ですが、これまで見てきたように「慰安所」の設立や運営に関する日本軍の
関与が、吉見氏の研究などによって次第に明確になるや、日本政府は政府責任を認め
る河野一郎官房長官の談話を公表し「お詫びと反省の気持ちを」を明らかにしました
(注4)。
それ以前に、金学順さんたちは犠牲者は補償を求め、被告を日本国として東京地
裁に提訴しました。ここまでこぎつけるには韓国挺身隊問題対策協議会や日本の市民
団体などの積極的な活動があったことはいうまでもありません。しかし、裁判所は被
告側が明確でないという理由で受付けられませんでした。
ハルモニたちは、社会正義を求める多くの人たちに暖かく支えられてきました
が、93年には韓国の仏教関係団体が、ハルモニたちが名乗りでた後にも安心して暮ら
せるようにと「ナヌムの家」を用意しました。そこのハルモニたちは毎週水曜日に日
本大使館にデモをおこなっているのはよく知られているとおりです。そのデモも600
回を数えました。
「ナヌムの家」の入口には少女の銅像が立っていますが、これは人一倍思いやりが
深い金順徳ハルモニが描いた絵「未完に咲く花」の少女をモデルにしました。彼女は
雑談でこう話しました。
「自分は死んで生まれ変われるなら、男に生まれて軍人になりたい。軍人としてこ
の国をよく守りたい。奪われて踏みにじられたのが余りにも悔しく、痛恨にたえな
い」
金さんは、国を失ったのがよほど悔しかったのでしょう。本来なら田舎で田畑を
耕し、女性として平穏な生活を送っていたはずなのに、国を失ったため、そのしわ寄
せの極限を「慰安婦」という姿で、ひたすら体を張って受けとめざるをえない、苛酷
な人生をしいられました。
彼女たち「慰安婦」は95年に北京で開かれた世界女性大会でも「女性人権侵害の
もっとも悲惨な例」として認識されました。
金ハルモニは昨年亡くなられましたが、はたしてあの世で軍人の道をめざしてい
るでしょうか。ともかく、冥福をいのります。
こうしてまた一人ハルモニが世をさりましたが、金順徳ハルモニにしても金学順
ハルモニにしても、日本政府からは謝罪や補償を一切受けられませんでした。
日本政府の立場は、1965年の日韓条約で韓国人の請求権はすべて消滅したと主張
し、「慰安婦」に対しても法的責任は一切ないとしました。その一方で、残る道義的
責任をはたすため、日本国民から寄付をつのり「女性のためのアジア平和国民基金」
を設立し「慰安婦」に「償い金」を支給してきました。
しかし、これには日本政府の謝罪がないため、多くの韓国人「慰安婦」が反発し
ました(注5)。金学順ハルモニは、こう言い残して亡くなりました。
「(日本政府から)謝罪を受けなければならない。はっきりと。日本がおこした戦
争だ。謝罪がなくてなるものか。こんなに人生をめちゃめちゃにして、なぜ謝罪をし
ないのだ!」
日本軍兵士の公衆便所として扱われ、女性としてもっとも苦難にみちたイバラの
道を歩んだハルモニにとって、傷ついた心をいやすのは国民基金などの「慰労金」で
はないようです。「青春を返せ!」が心の底からの叫びであり、ハルモニに何よりも
望まれるのは、彼女たちを性奴隷におとしいれた日本政府の謝罪です。
この「慰安婦」問題は2000年「女性国際戦犯法廷」でも扱われました。そこで韓
国・北朝鮮の南北共同検事団は日本政府の責任をこう追求しました。
1.日本軍慰安所の政策樹立と施行
2.韓国人「慰安婦」の強制連行
3.「慰安所」における強姦、拷問、傷害、故意の身体障害、殺人、虐待などの犯罪
検事団は証人に韓国の文ピルギさん、北朝鮮の朴ヨンシムさんをたてて上記の犯
罪事実を立証しました。その結果、6か国からなる「女性国際戦犯法廷」はヒロヒト
天皇に有罪を宣告しました。その場面は、最近のNHKドキュメンタリー番組では政
治家の圧力により放送されなかったようです。
この市民法廷について韓国の出席者はこうコメントしました。
「この世に正義は生きています。ヒロヒトは有罪判決を受けたし、日本国は責任が
問われました」
こうした国際世論を日本政府は受けいれ「慰安婦」にきちんと謝罪することを
願ってやみません。ハルモニたちは高齢のため、年毎に少なくなっています。韓国で
名乗り出た「慰安婦」は215名で、そのうち半分近い91名が3月現在でなくなりまし
た。彼女たちが生きている間に日本政府は何としても謝罪すべきです。
(注1)半月城通信<麻生軍医と理想的な「従軍慰安婦」>
http://www.han.org/a/half-moon/hm028.html#No.208
(注2)半月城通信<南京レイプと慰安所、南京虐殺60周年(7)>
http://www.han.org/a/half-moon/hm044.html#No.293
(注3)軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件 通牒
昭和13(1938)年6月27日 北支那方面軍参謀長 岡部直三郎
1.軍占拠地の治安は・・・
2.治安回復の進捗遅々たる主なる原因は・・・
3.由来 山東、河南、河北南部にある・・・自衛団体は古来 軍隊の掠奪 強姦行為
に対する反抗熾烈なるか 特に強姦に対しては各地の住民一斉に立ち 死を以て報復す
るを常としあり・・・従て各地に頻発する強姦は単なる刑法上の罪悪に留らず 治安
を害し軍全般の作戦行動を阻害し 累を国家に及ぼす重大反逆行為と謂うべく 部下統
率の責にある者は国軍国家の為め 泣て馬謖を斬り 他人をして戒心せしめ 再びかか
る行為の発生を絶滅するを要す 若し之を不問に附する指揮官あらば 是不忠の臣と謂
わざるべからず
4.右の如く 軍人個人の行為を厳重取締ると共に 一面成るべく速に性的慰安の設備
を整へ 設備の無きため不本意乍ら禁を侵す者無からしむるを緊要とす
5.右の外・・・
(カタカナはひらがなに変換)
(注4)外務省<慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話>1993.8.
4
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html
(注5)半月城通信<国民基金の苦衷、「従軍慰安婦」100>
http://www.han.org/a/half-moon/hm057.html#No.371
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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